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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)1371号 判決

原告 八百井照雄 外六名

被告 株式会社竹中工務店

主文

被告は、原告八百井照雄に対し金三万一二六円、原告脇純一郎に対し金九万四一〇円及び右各金員につき昭和二九年四月二九日以降各金員完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告八百井照雄、同脇純一郎の各その余の請求及び原告利光喜代子、同利光秀夫、同利光邦雄、同利光喜美子、同有限会社春花堂の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告脇純一郎と被告との間では、同原告の支出した費用を四分し、その一を被告の負担とし、被告の支出した費用を五分し、その一を同原告の負担とし、原告及び被告の支出したその余の費用は各自の負担とし、その余の原告等と被告との間では、被告の支出した費用を四分し、その各一を原告八百井照雄及び同有限会社春花堂の各負担とし、その一を原告利光喜代子、同利光秀夫、同利光邦雄、同利光喜美子の平等負担とし、原告等六名及び被告の支出したその余の費用は各自の負担とする。

この判決の主文第一項は、原告八百井照雄において金一万円の、原告脇純一郎において金三万円の各担保を供したとき、それぞれその原告において仮りに執行できる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告等の請求の趣旨

被告は、原告八百井照雄に対して金三〇万円、原告利光喜代子、同利光秀夫、同利光邦雄に対して各金八万円、原告利光喜美子に対して金一二万円、原告有限会社春花堂に対して金三七万五〇〇〇円、原告脇純一郎に対して金三六万円、及び右各金員につき昭和二九年四月二九日以降各金員完済に至る迄年五分の割合による金員をそれぞれ支払わなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする、

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

原告等の請求を棄却する、

訴訟費用は原告等の負担とする、

との判決を求める。

第二、当事者双方の事実上及び法律上の主張

一、原告等の請求原因

原告八百井照雄は大阪市南区難波新地五番丁四五番地所在木造瓦葺二階建店舗兼住家五軒建一棟の西端の一軒の店舗部分(約一坪)において昭和二四年一〇月以来和菓子小売業を営み、後記本件工事前において平均一日八〇〇〇円の売上と売上の二割の純益を得、訴外亡利光喜良は前記店舗兼住家五軒建一棟の西より二軒目の店舗(約一坪)において昭和二五年一月以来「大阪屋」なる商号を使用して立飲み小料理店業を営み、本件工事前において平均一日八〇〇〇円の売上と売上の三割の純益を得、原告有限会社春花堂は前記建物の西から三軒目の一軒の店舗部分(約一坪)において昭和二五年一〇月以来商品名「喜八洲」なる焼あんころ餅製造販売業を営み、本件工事前において一日八〇〇〇円の売上と売上の二割五分の純益を得、原告脇純一郎は前記建物の東端の一軒の店舗部分において昭和二三年一二月以来「白水」なる商号を使用して和洋菓子小売業を営み、昭和二六年一〇月以後は隣接の一軒をもあわせ東端の二軒の店舗部分において同様の営業を営み、本件工事前において平均一日一万円の売上と売上の二割の純益を得ていたものであるが、土木建築工事請負を業とする会社である被告は訴外東宝株式会社に対し、原告八百井照雄、訴外亡利光喜良、原告有限会社春花堂、原告脇純一郎(以下においてはこの四名を総称して原告等という)がそれぞれ右の如く営業中の前記店舗兼住家五軒建一棟の建物の北側に別紙図面の如くに隣接する土地に高層映画劇場「南街会館」の建設工事(以下本件工事という)を請負い、昭和二八年一月一〇日頃基礎工事に着手、同年一二月中旬建築工事を完了したが、この工事期間中において、敷地堀鑿、鉄矢板打込み、コンクリート流し込み、リベツト打ち込み、鉄材捲上等による騒音震動の発生塵埃の飛散堆積等は著しく、しかも原告等営業中の前記建物の前面の歩道は、東方において戎橋筋商店街入口附近から西方において御堂筋に至る間、被告によつて建築資材置場と化せしめられたのみならず、貨物自動車及び作業員の出入りが頻繁であつた為、この歩道を一般人が通行することは殆んど不可能な状態であり、この為原告等店舗の売上はいずれも減少し、これに伴い純益減少による損害を生ずるに至つた。

即ち、原告八百井照雄においては、工事開始前平均一日八〇〇〇円の売上が工事期間の昭和二八年一月一〇日から同年一二月九日迄の間平均一日三〇〇〇円に減少した為、この工事期間三三〇日中の実営業日数三〇〇日を合計して一五〇万円の売上額の減少を生じたが、同原告における売上に対する純益の割合は二割であつたから得べかりし純益の減少額たる三〇万円の損害を生じ、訴外亡利光喜良においては、工事開始前平均一日八〇〇〇円の売上が工事期間中は平均一日四〇〇〇円に減少した為右期間中の実営業日数三〇〇日間に一二〇万円の売上額の減少を生じたが、同人における売上に対する純益の割合は三割であつたから得べかりし純益の減少額たる三六万円の損害を生じ、原告有限会社春花堂においては、工事開始前平均一日八〇〇〇円の売上が工事期間中は平均一日三〇〇〇円に減少した為右期間中の実営業日数三〇〇日間に一五〇万円の売上額の減少を生じたが、同原告における売上額に対する純益の割合は二割五分であつたから得べかりし純益の減少額たる三七万五〇〇〇円の損害を生じ、原告脇純一郎においては、工事開始前平均一日一万円の売上が工事期間中は平均一日五〇〇〇円に減少した為右期間中の実営業日数三〇〇日間に一五〇万円の売上額の減少を生じたが、同原告における売上額に対する純益の割合は二割であつたから得べかりし純益の減少額たる三〇万円の損害を生じた。原告等は、右工事期間中再三に亘つて、被告会社現場主任等に対し、原告等に生ずる斯かる営業上の損害を防止すべく適当な措置をとることを求めたが、被告は何等具体策を講じなかつたものであつて、被告は右建築工事により原告等に営業上の損害を生ずべきことを認識しもしくは認識すべきでありながら、敢えてもしくはこれを認識せずして工事を行い、もつて原告等に前記損害を生ぜしめたものであるから、原告等に各損害額をそれぞれ賠償すべき義務があるところ、訴外亡利光喜良は本訴提起後の昭和三五年二月二三日に死亡し、その妻原告利光喜美子において三分の一、その子原告利光喜代子、同利光秀夫、同利光邦雄において各九分の二の割合で利光喜良の被告に対する損害賠償請求権を相続により承継したので、各原告は被告に対し請求の趣旨記載の如く各損害額の賠償及び本件訴状送達の翌日である昭和二九年四月二九日以降各金員完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

二、被告の答弁及び主張

(一)  各原告主張事実中、被告が土木建築工事請負を業とする会社であること、被告が訴外東宝株式会社に対し各原告主張の土地上にその主張の如き高層建築物の建築を請負いこれを完成したことはいずれも認めるが、被告に故意もしくは過失が存したこと、原告等にその主張の如き損害が生じたことはいずれも否認する。本件工事開始後昭和二八年一〇月下旬以前の間は原告等店舗前面の歩道上で従前どおり靴磨き夫が営業を続けていたものであつて、この事実によつても原告等に損害の生ずべき筈がないことは明らかである。

仮りに原告等に損害が生じたとしても被告施工の本件建築工事と右損害との間には因果関係が存しなかつたものである。その余の事実は知らない。

(二)  本件建築工事は昭和二七年一二月二三日に着工、昭和二八年一二月中旬に完成したが、その進捗状況は次の通りであつた。

即ち、昭和二七年一二月一〇日に板囲いを始め、同月二三日に着工、翌昭和二八年一月一五日、本件建築敷地上に存した旧館の取毀し工事を開始し、同年二月五日取毀しを完了、引続き新館建築工事に移り、二月一〇日から一週間土留めの為の鉄矢板打込作業を、同年六月初旬の一週間及び七月中旬の二週間リベツト打込作業を行い、同年一二月中旬に完成、昭和二九年六月二八日工事を完了した。

(三)  而して被告が本件工事を実施するについては、昭和二八年一一月一七日、大阪市建築主事より本件工事が建築基準法その他建築設備に関する関係法規、命令、条例に具体的細部に亘つて完全に適合することを確認されており、その上被告としては近隣に迷惑を与えぬよう、工事事務所の設置に際しては原告八百井照雄の便宜の為に東側を約一〇尺縮少し、地下道連絡工事に当つては大阪市長に対し別紙図面に示す如き範囲につき特別歩道の占用を申請し、昭和二八年九月四日から同年一二月一一日迄の期間右占用許可を受け、歩道を資材置場に利用した同年一〇月末から一二月一〇日迄の間は幅員一米の仮歩道を設けたし、更に本件工事による騒音震動の発生と塵埃飛散を防止する為に、原告等店舗の裏側に足場を組み、これに鉄鋼を張りめぐらした上天幕を張るなど、建築技術上万全の措置を講じたのである。

(四)  不法行為の成立要件たる故意過失の有無は違法の事実及び損害発生の認識の有無で決せられるから、違法と評価される事実が存在しない限り故意過失もあり得ない。しかるに本件工事には何等の違法性がない。

そもそも行為の違法性の有無は侵害行為の態様と被侵害法益の種類性質の相関関係で決せられる。これを本件について云うならば、まず侵害行為についてみると、被告は前記のとおり大阪市建築主事より本件工事が建築関係諸法規に具体的細部に亘つて完全に適合することを確認されており、尚且つ本件工事に伴う塵埃の飛散堆積、震動騒音発生の防止の為建築技術上万全の措置を講じたものであり、次に被侵害法益についてみると、本件における被侵害法益は原告等の営業権であるが、かゝる営業権なるものは所有権などと異り権利としての明瞭さを欠いており、このような権利の侵害についてはその侵害行為が刑罰法規該当ないし強度の公序良俗違反の行為であることを要するところ、本件建築工事は行政官庁の確認を経た正当な権利行使行為であり、しかも被告は侵害の発生防止について万全の措置を講じているのであるから本件建築工事は何等の違法性を有しないものと云わねばならない。

のみならず、およそある行為をなすにつき行政庁の特許ないし許可が与えられ、特許ないし許可のその内容がきわめて具体的である場合には、その行為をなす者の私法上の責任を免れしめるのであつて、行政官庁の確認を受けた本件工事の施工者たる被告がその工事施工によりたとえ原告等に損害を生ぜしめたとしてもこれにつき何等私法上の責任を負わないことは云う迄もない。

(五)  更に仮りに原告等に得べかりし利益の減少という損害が生じたとしても、右損害は被告の本件工事に基因するものではなく、原告等の店舗の東に隣接する「天の字」饅頭店の新築工事及び昭和二八年一〇月一二日から同年一一月一七日迄の間行われた本件建築現場南側の市電軌道修理の為の車道通行止に基因するものである。

訴外難波土地建物株式会社が建築主である右新築工事は田中建設株式会社の施工により昭和二八年六月一日着工、同日「天の字」饅頭店及び原告等店舗の前面に板囲いをなしその後一部を撤去した上、同年九月一六日から堀 工事に入り、同年一一月末地下一階地上三階建の建物完成に至る迄板囲いのまゝ工事を続行したのである。また大阪市交通局西部保線事務所は、本件工事現場南側の市電軌道修理の為、大阪市土木局南公営所監督の下に、本件工事現場の車道を、西行路線については昭和二八年一〇月一二日から同月二九日迄の間、東行路線については同月二八日から一一月一七日迄の間、それぞれ通行止にしたのである。原告等に損害が生じたとすれば、それは右新築工事と車道通行止により通行人が減少した結果に外ならない。

従つて以上何れの点よりするも本訴請求は失当と云わなければならない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、被告が土木建築工事請負を業とする会社であつて、訴外東宝株式会社に対し、原告等がそれぞれ営業中であつた大阪市南区難波新地五番丁四五番地所在木造瓦葺二階建店舗兼住家一棟の建物の北側に別紙図面の如く隣接する土地に、高層映画劇場「南街会館」の建設工事を請負い、これを完成したことは各原告と被告との間に争いがない。

二、そして成立に争いのない甲第一号証と乙第一、第二号証、各原告及び被告のそれぞれ主張する日時に本件建築工事現場を撮影した写真であることに争いない甲第二、第三号証及び乙第三ないし第一七号証、証人木下勝治、同脇菅子、同神代三郎、同利光喜美子、同武田健一(後記措信しない部分を除く)、同松島信男同の各証言並びに原告八百井照雄本人尋問の結果を綜合すれば以下の事実が認められる。

被告は右建設工事着手に先立ち大阪市に対し右工事の建築計画確認の申請をなしたところ、昭和二七年一二月二〇日、大阪市建築主事から、本件建築計画が敷地構造及び建策設備に関する法律並びにこれに基く命令及び条例の規定に適合することを確認する旨の通知があつた。

そこで被告は同年末頃、建築敷地たる大阪市南区難波新地五番丁五一番地の土地の周囲の歩道に沿つて高さ約二間余の板塀をめぐらした上、右敷地上に存する旧映画劇場及び民家の取毀し工事に着手したが、この工事が始まると工事現場からは騒音が発生すると共に多量の塵埃が飛散し、原告等の店舗では店内に侵入堆積する塵埃を除去する為に一日に何度も清掃をしなければならない状態となり、飲食店営業の利光方ではカウンターの上を一日に何回ふいてもすぐ真白になる位であり、他の三原告方においても同様に多量の塵埃を被つた。この取毀し工事は約一ケ月間で終了し、次いで被告は昭和二八年一月末ないし二月始め頃から敷地周囲の土止めの為幅四〇糎長さ約一〇米の鉄矢板を敷地境界に沿つて地中に打ち込む鉄矢板打込作業にかゝつたが、この作業はロープでつり上げた重さ一五〇貫ないし二〇〇貫の分銅を櫓上から勢いよく鉄矢板の上に落下させ、その衝撃を利用して鉄矢板を地中に打ち込むものであるため、分銅落下の度に附近の土地に非常な衝撃が伝わり、作業が原告等店舗に最も近接して行われた時期には原告等店舗の北側の板壁から北に一尺ないし一尺五寸の近距離の所へ鉄矢板が打ち込まれたので、この衝撃により原告等の各店舗は甚だしく震動し、震動の度にテーブル上のコツプが移動したり、ビールが床へ落ちたり、或いは人体に非常な衝撃を感ぜしめたのみならず、塵埃の飛散堆積も甚だしく、遂には壁が落ち、土間のコンクリートが割れ、地面が陥没して大穴を生ずる等の事態となる有様で、このような鉄矢板打込作業が作業現場近辺に及ぼす危険感と不快感は著しいものがあつたから、本件工事現場周囲の歩道を通行する歩行者や原告等の店舗への来客は減少し、殊に飲食営業の利光喜良の店では音響震動の伝播、塵埃の飛散堆積と営業不振という直接間接の影響により営業が不可能の為店を早仕舞せざるを得ない日もあつた。

この鉄矢板打込作業は昼夜兼行で一日に鉄矢板六本の割合で進捗して一月半ないし二ケ月を要したが、原告等店舗の裏側から始まつたこの作業は店舗から相当距つた地点に移行しても尚相当の震動を及ぼしたし、この作業の継続期間中は作業が間断なくその近辺に及ぼす影響の為に付近歩道の歩行者は継続的に減少し、原告等の店舗では右両原因相埃つて来客の減少という影響から免れることができなかつた。次いで昭和二八年三月から敷地掘鑿に伴う基礎工事の段階に入つたが、ガソリン発動機の運転により生ずる騒音が著しく、同年六月頃から鉄骨組立作業に入ると鉄骨組立の為の鉄鋲打ちの騒音が甚だしかつたが、同年七月中旬以後鉄骨組立に併行して鉄筋部分へのコンクリート流し込み作業が始まると発動機運転による騒音がこれに加つて近辺に継続的に危険感や不快感を与えた。同年九月に入り、被告は地下道連絡工事に入る為、九月三日被告作業所中出定夫名義で大阪市長に対し、本件建築敷地たる大阪市南区難波新地五番丁五一番地先の道路に地下道工事用板囲いを設置することを理由として道路占用の許可を申請したところ、同月四日、大阪市長より「占用ケ所附近道路上で作業し又は物件を放置してはならない。」等の一定の事項の遵守を条件として、同年九月四日より同月一八日迄の間、前記五一番地先道路中一五八、四一平方米について占用許可があつたので、被告は同月中旬頃より本件敷地の南西にあたる歩道の大部分(別紙図面中黒斜線部分)を占用して地下道連絡工事に着手し、被告はその占用許可を受けた歩道部分の外廓線に木柵を設け、その木柵の外側(車道寄りの部分)に、別紙図面に示す如く、本件敷地の南西側歩道上に存する二個の地下鉄出入口のうち北側の一個の北端附近から歩道に沿つて南側の一個の南東方にある電柱の附近迄の間に、幅員一米前後の仮歩道を設けたが、まもなく同月末頃以後、被告は前記占用許可の条件に反して、占用許可を受けた部分を超える、右電柱附近から原告八百井照雄方店舗附近に至る迄の本件建築敷地南方の歩道全体(別紙図面中赤斜線部分)に工事用資材を放置し、その東に連なる原告等店舗前の歩道上には同年夏頃から始められた「天の字」饅頭店の建築のための資材が放置されたので両者相俟つて本件建築敷地南方及び原告等店舗前面の歩道の通行を全く不可能ならしめるに至つた。そして翌一〇月頃においては恰かも大阪市交通局により本件建築現場南側の市電軌道修理工事が行われた為に、被告等が資材を放置した歩道と東行の市電停留所安全地帯との間の車道部分が、安全地帯の西端附近からその東端の僅か手前に至る附近の間で木柵を以て区画され、通行が止められていた為、御堂筋方面から戎橋筋方面へ至らんとする歩行者は被告の設置した仮歩道を南東進し、仮歩道の尽きた所から木柵に沿つて南方へ安全地帯西端附近に至り、安全地帯もしくはその北側の車道を東進し、次いで安全地帯の東端の少し手前の部分から戎橋筋に至る間は、原告等店舗前面の歩道は右車道との境界を木柵で距てられていたので一旦車道に出た歩行者は原告等店舗前面の歩道に戻ることなくそのまゝ車道を東進して戎橋筋附近に達する外はなかつた。

この車道の通行止めは約一月を経て同年一一月末頃以前に解除されたが、被告の建築現場南側の歩道が通行不可能なことは建築完成直前に至る迄変りなく、被告は同年一〇月一二日及び一一月三〇日の二度に亘り九月一九日から一〇月四日迄及び一〇月五日から一二月一一日迄の各期間につきそれぞれ大阪市長により前記占用許可を継続せられたが、この許可は頭初と同一面積についてなされたに過ぎなかつたので、被告は右許可の範囲を超える被告の建築現場南側歩道の占用についてはその許可を受けないまゝに、工事完成に至る迄右歩道を資材の放置もしくは作業の為に占用したのであつて、被告のこの歩道無許可占用により原告等店舗前面の歩道通行の自由は著しく妨げられ、右歩道を通行する歩行者も原告等の店舗への来客も著しく減少したのであつた(右歩道遮断の状況は甲第一号証添付の各写真及び甲第二、第三号証並びに乙第八、第一五、第一六号証に顕著に示されている)。

このようにして昭和二八年一二月中旬、被告の本件地下一階地上五階建高層建物建築工事は完成したものであるが、被告は工事進行に伴い足場が高層化するにつれて防塵用の金網を張りめぐらし、完成の一月程前迄施設しておいた上、同年七月下旬頃には歩道に沿つて設置された板塀の最上部より上に高さ四間程に亘り金網の外側に二段に天幕を張り、この天幕は原告等店舗背後の部分を除くと一〇月下旬迄に大半が撤去されたものゝ、原告等店舗背後の部分の天幕は一一月上旬ないし中旬に至る迄設置されていて、右天幕とその下部に接続する高さ二間余の板塀とを合わせると地上六間程の高さ迄防塵用の遮蔽物が存したのであるが、七月下旬頃迄の防塵用の遮蔽としては高さ約二間余の板塀が存したに過ぎないし、又それ以後においても天幕の最上部の達する新築建物の中層附近以上の防塵用の遮蔽としては金網が存したに過ぎなかつたので、全工事期間中を通じて本件建築現場からは塵埃が飛散したのである(遮蔽状況については乙第七、第八、第一〇、第一一、第一二、第一三、第一四、第一五、第一七号証等参照)。

又被告は前記の如く昭和二八年九月末頃以降被告の建築現場南方の歩道を許可なく継続占用してこの部分の通行を全く不可能とした外、これ以前において、コンクリート流し込みに用いる木枠搬入に際して歩道の通行を全く遮断したこともあり、或いは屡々自動車を歩道上へ停車させ、もしくは仮歩道の木柵を移動させ自動車を仮歩道に乗り入れて資材の積み下ろしを行い(乙第八号証及び第一三号証の写真にそれらの一例をみることができる)、或いは資材の搬入搬出作業に当り被告の作業員が歩道通行者を邪魔者扱いにして罵声を浴びせるなど、全工事期間を通じて建築資材の搬入搬出作業作業員の工事現場からの出入りなどによつて一般歩行者の歩道の通行を頻繁に妨害したのであつた。

ところで、原告八百井は被告の本件工事現場の南の一部分に隣接する大阪市南区難波新地五番丁四五番地上に存する木造瓦葺二階建店舗兼住家五軒建一棟の西端の一軒(建坪一坪半)の階下店舗部分において昭和二四年一〇月以来「大和屋」なる商号を用いて菓子小売業を営み、原告利光喜美子等四名の被相続人訴外亡利光喜良は前記建物の西から二番目の一軒(建坪約一坪三合)の階下店舗部分で昭和二四年秋以来「大阪屋」なる商号を用いて焼鳥などの飲食営業を営み、原告有限会社春花堂は前記建物の西から三番目の一軒(間口一間半建坪一坪四合)の階下店舗部分を同原告の製造する生菓子の販売店として使用しており、原告脇は本件工事の頃、前記建物の東端の店舗(間口二間四尺、建坪約二坪二合)の階下店舗部分において「白水堂」なる商号を用いて菓子小売業を営んでいたが、以上のような被告の建築工事の開始以後その進行につれて原告等店舗前面の歩道を通行する歩行者は漸減の傾向を示し、殊に前記の如く歩道の通行が不可能となつた昭和二八年九月末頃以降は激減するに至り、このため原告脇方においては一日平均の売上が昭和二八年一月以後六月頃迄は工事開始前の三分の二に減少、同年七、八月は更に減少し、同年九月頃以降工事完成迄は工事開始前の二、三割に達するに過ぎなかつた。

証人武田健一同松島信男の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、原告脇を除くその余の原告等の店舗における工事期間中の売上額の減少について、証人利光キミ子及び原告八百井照雄本人は、利光喜良の店舗では一日の売上額の最高が四、〇〇〇円に、原告八百井の店舗では一日の売上が二、〇〇〇円位に、それぞれ減少した旨供述するが、前認定の如く、原告等の各店舗は原告脇方において間口二間四尺建坪二坪二合である外は他の三軒は何れも建坪一坪半前後で、このように狭小な店舗がいずれも歩道に面して互に隣接し合つている状況からすれば地理的な営業条件としては互に顕著な相違がないと認められること、また利光方では焼鳥小料理等の飲食営業をなしその他の原告等はいずれも菓子販売業を営んでいたのであるが本件の如き繁華街における飲食営業と菓子販売業とは主として通行人を顧客とするその営業の性質において差異が少ないというベきであること、並びに前認定の本件建築工事の経過殊に昭和二八年九月末頃以降において原告等店舗前歩道の通行がそれ以前に比して著しく阻害せられるに至つた事情を綜合勘案すれば、右の供述はたやすく措信し難く、むしろ原告脇方におけると同様、工事開始後の一月から六月頃迄は工事開始前の三分の二程度に、七、八月は更に減少し、九月頃以降工事完了迄は工事開始前の二、三割に減少したものと認めるのが相当である。

四、而して本件について被告の故意もしくは過失を認むべき事情についてみるに、成立に争いない甲第一号証、被告主張の日時に撮影した本件建築現場の写真であることに争いのない乙第三ないし第一七号証を綜合すれば、原告等の店舗は、心斎橋、道頓堀、千日前附近と共に所謂大阪南の繁華街の一部をなす通称戎橋筋商店街を北より南に抜け、その商店街の尽きた市電の通りの北側を西に折れて数間の地点に歩道に面して存し、その南方には市電通りを距てゝ南海電鉄の終点難波駅と一体になつた高島屋百貨店が位置し、原告等の店舗の南西方、本件建築現場の南方の市電通りには東行きの市電停車場安全地帯があり、更に本件建築現場の西及び南西の歩道にはそれぞれ地下鉄難波駅に通ずる地下鉄出入口があり、又前記戎橋筋通りと市電通りの交叉する附近は歩行者横断用の交叉点であるという環境にある事実が認められ、このような原告等の店舗そのものは所謂大阪南の繁華街全体の南西のはずれに位置してはいたが、市電停留場、地下鉄難波駅、南海電鉄難波駅などの交通機関が附近に集中している関係から、原告等店舗附近一帯は歩行者の交通量多く、原告等店舗前面の歩道は前記地下鉄出入口及び市電東行停留場安全地帯と戎橋筋商店街とを結ぶ歩道として利用されていたものであつて(これら地理的事情は公知の事実である)、前認定の、原告等の営業が繁華街における小規模な飲食業及び菓子小売業であること、及び右認定の原告等店舗附近の地理的営業条件を綜合すれば、原告等店舗前面歩道の通行人の多少が原告等の営業成績に顕著な関連を有することは経験則上何人においても容易に知り得べきものであるからこのような原告等店舗に隣接し且つ歩道に面する本件土地において地下一階地上五階の高層大建築物の建築工事を施工せんとする被告は、その施工に際して、

(一)  甚だしい音響と震動を発する結果、作業が原告等店舗の附近で行われた場合には直接原告等の営業を不可能にし、またこれが原告等店舗から距つた所で行われた場合にも近辺の歩道通行者に多大の危険感と不快感を与えるため歩道通行者の減少を招き、ひいては原告等の営業収益にも間接的に影響を与える鉄矢板打込作業の如きは、有効な音響震動の防止方法がないとすれば甚だしい音響震動を伝播するおそれのある範囲での作業自体を避け、或いはせめて通行人も少なく原告等の営業を脅かさないような時間を選んでこれを行い、

(二)  通行人に危険感もしくは不快感を与えもつて歩道通行者の減少を招かないよう塵埃の飛散や工作用具の落下を防ぐ完全な施設をなし、

(三)  歩道における資材の積み下ろしや、資材の搬入搬出、自動車もしくは作業員の出入による歩道の通行妨害を極力避け、いわんやいやしくも関係官庁の許可なく歩道を継続的に占用するが如き事態を厳に慎しむ

等、前面の歩道の通行の自由と安全を阻害することなく、また原告等の営業を直接妨害することなきよう、周到な注意を払い、もつて原告等の営業収益を減少せしめざるべき義務があるにも拘らず、被告は前認定の如くに、原告等営業中の建物より僅か一尺ないし一尺五寸の近距離に鉄矢板を打ち込み、昼夜を問わず作業を兼行し、しばしば歩道上に自動車を停車させて歩道上で作業をし、資材搬入の為通行を遮断し、防塵用天幕を十分に設置しなかつた(被告の施した防止設備は本件工事当時の技術水準からみても完全なものとは認められない。)ばかりか、昭和二八年九月末頃以降は占用許可を受けた部分を超えて本件建築現場南方の歩道を全面的に資材置場等に利用して無断で占用したものであつて(被告が本件建築現場南西方の歩道についてしか占用許可を受けなかつたことは被告の主張自体に照らして明らかであるし、又前認定の被告の占用許可を受けた部分の面積が一五八、四一平方米に過ぎない点に照らしても動かないところである。右認定に反する証人武田健一の証言は措信できない。)被告のこのような行為は前記のような必要な注意を怠つてなしたものであることが明らかであるから、原告等に営業収益減少による損害を生ずべきことを認識しなかつたとしても右の如き損害発生の蓋然性は当然予見しうべきものであり被告は過失の責を免れることはできない。

そして前記原告等店舗に関する地理的営業条件及び工事開始後売上が減少するに至り殊に昭和二八年九月以降売上が激減するに至つた事実からすれば、被告のかゝる行為が原告等の営業収益の減少を招いたことは明らかである。

五、被告は、本件工事の施行は行政庁の確認を経た正当な権利行使であるばかりでなく、完全な防備施設をなしたものであるから違法性を欠く旨主張するからこの点を按ずるに建築基準法は、都市計画からの集団的な規制の一環として、ある地域の性格を阻害する用途をもつた建築物の混入防止、防火地域の設定、都市の美観の保持、建築物過密による採光換気の悪化防止等の面で、又個々の建築物についても構造、耐力、防火、衛生、安全等の面で、無計画な建築物濫造による各種の弊害を防止する為に、「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的」(同法第一条)とし、もつぱら建物の建築が公共の福祉を損うことを防止するという行政的見地から建築物に関し一定の規律を設けるものに過ぎないから、施工者の施工する建築工事が建築関係法規上適法なものであつても、この工事施工についての諸行為の結果第三者に損害を与えた場合、該行為が私法上いかなる評価を受けるかは民法の不法行為に関する規定の独自に規律するところとして自ら別問題をなすといわなければならない。

而して民法第七〇九条の不法行為は、故意又は過失により違法に他人の権利もしくは利益を侵害した者にこれによつて生じた損害を填補せしめる制度であるから、一般の不法行為成立要件としての違法性の存否は、生じた損害の填補をなさしめるについて損害を生ぜしめた行為が広く一般社会において法的に非難せられるか否か、換言すれば、かゝる行為が、生じた損害との関係において、一般社会により法律上損害を填補すべき義務を課せられるべき行為であるとの評価を受けるか否かという見地から判断すべきものであり、その判断に当つては問題となる行為及び侵害の結果の両面についてあらゆる具体的な事情を斟酌すべきことは云う迄もなく、正当な権利行使行為もしくは法律上許された行為と雖も権利行使の方法もしくは行為の態様において、法律上保護せられる権利もしくは利益に対し社会通念上一般に受忍すべきものとせられる限度を超えた過大な侵害を生ずべきものである場合には不法行為法上は違法の評価を免れないものというべきところ前認定の事実によれば、被告の本件工事の進行に伴い原告等の店舗における売上は昭和二八年一月から六月頃迄において工事開始前の三分の二に、同年七、八月においては更に減少し同年九月以降工事完了迄は工事開始前の二、三割程度に迄減少したというのであつて、右売上減少の直接原因はいうまでもなく、原告等店舗の位置等から主として目当とされている顧客たる通行人の減少によること勿論であるが、これは被告のした前記諸侵害行為からもたらされた歩道の通行不能状態乃至公衆に対し通行に危険または不快感を与える状態に基因すること明かであり、これら行為中何等の権利なくして直接歩道の通行を妨げた行為が違法であることはいうまでもなく、その他の侵害行為たる塵埃、震動、音響等のインミツシヨンを発生せしめた行為も、元来これらのものは大規模の土建行為には必然的に随伴する必要悪とも称すべきものであるが、前認定のようなこれらの発生状態は、その量乃至程度において共同生活上忍受すべき程度を遥に超えたものであつてこれが一般公衆に対する関係において公害(パブリツクニユーサンス)たると共に、原告等の営業を妨害してその収益を減少せしめた点において私害(プライベートニユーサンス)たること明かであり、到底違法の評価を免れない。なお被告は完全な防備施設をなしたと主張するけれども、その然らざること既に説明した通りであり、又適当な防止方法のないインミツシヨンもその発生行為そのものは禁ぜられないからとて、その行為を全面的に適法ならしめず、その行為の態様又は結果との関係で損害賠償義務を生ずる面では違法たりうるものである。よつて被告は、本件工事に伴う前記侵害行為によつて違法に原告等の営業を妨害しその得べかりし収益の喪失という損害を生ぜしめたものである。

六、被告は、仮りに原告等において損害が生じたとしても右損害は被告の本件工事によるものではなく、原告脇方店舗の東側に隣接する通称「天の字」饅頭店の店舗新築工事と、昭和二八年一〇月一二日から同年一一月一七日の間に行われた本件建築現場南方の市電軌道修理工事の為の車道の通行止めによるものであると主張する。

然しながら被告の本件建築工事に伴う通行の自由と安全を阻害する行為等が通行人減少ひいては原告等の営業収益減少の原因をなしたことは前認定のとおりである。而してある特定の損害に対して損害発生の原因となつた数人の行為が競合して存した場合にも、これらの内一人のみの行為が独立に損害の原因たり得るか将又性質上数個合してのみ損害の原因たり得るかの別を問わず、これら数人の行為は特定の損害に対する共同不法行為となるものと解すべきであるから、被告は自己の行為と損害との間の相当因果関係を全面的に否定せられる場合の外は、他に損害発生の原因となるべき行為の存在することをもつて自己の責任を軽減されもしくは免れ得ないことは明らかである。とすれば、「天の字」饅頭店新築工事及び車道の通行止めの事実が原告等の損害について被告の行為と競合して原因をなしていても、被告の原告等に対する責任には何等の消長がないと云わざるを得ない。

七、よつて原告等に生じた具体的な損害額について判断する。

成立に争いない甲第五、第八、第九号証によれば、原告八百井照雄は昭和二七年度分の市民税として二五〇〇円を、原告脇純一郎は昭和二八年度分の市民税として九一六〇円を、それぞれ支払つた事実が認められ、この事実によれば、原告八百井の昭和二六年中における課税総所得金額は少くとも五万円を下廻らず(成立に争いない甲第六、第七号証によれば昭和二七年度分市民税の均等割額が七〇〇円であつたことが認められるので、同原告の同年度分の市民税額より右均等割額を差し引いた一八〇〇円が同原告の同年度分市民税額中の所得割額となり、当時施行の大阪市条例第五八号市税条例第三七条によれば、「所得割額によつて課する市民税の税率は、前年において納付すべき所得税額の百分の十八とする」と規定されているので、右所得割額一八〇〇円を一〇〇分の一八で除して得られた一万円が同原告の昭和二六年度の所得税額となり、昭和二六年法律第六三号による改正後の所得税法第一五条及び別表第一によれば、同原告の昭和二六年中における課税総所得金額は五万円以上五万一〇〇〇円未満であつたことが認められる)、これに基礎控除額三万円を加算すれば(前記所得税法第一五条にいう課税総所得金額が諸控除をなした後の金額であることについては前記別表第一の備考欄を参照)、同原告の昭和二六年中における諸経費を控除した後の総所得金額は少くとも八万円を下廻ることはなく、又原告脇の昭和二七年中における課税総所得金額は少くとも一九万円を下廻らず(成立に争いない甲第八、第九号証によれば昭和二八年度分市民税の均等割額が七〇〇円であつたことが認められるので、同原告の同年度分の市民税額より右均等割額を差し引いた八四六〇円が同原告の同年度分市民税額中の所得割額となり、当時施行の前記大阪市市税条例第三七条によつて右所得割額八四六〇円を一〇〇分の一八で除して得られた四万七〇〇〇円が同原告の昭和二七年度の所得税額となり、昭和二七年法律第五三号による改正後の所得税法第一五条及び別表第一によれば同原告の昭和二七年中における課税総所得金額は一九万円以上一九万二〇〇〇円未満であつたことが認められる)、これに基礎控除額五万円を加算すれば(前記所得税法第一五条にいう課税総所得金額が諸控除をなした後の金額であることは前同様)、同原告の昭和二七年中における、諸経費を控除した総所得金額は少くとも二四万円を下廻ることはなかつたことが推認され、これによれば原告八百井及び原告脇は昭和二八年中においても少くとも右と各同額の所得を得る期待を有したものというべきである。

従つて各一ケ月当りの所得は、原告八百井については少くとも六六六六円、原告脇については少くとも二万円であつたものということができ、また原告両名が何れも本件工事期間中一一日につき一日の割合で任意の休業をしていたことは各原告の自認するところであるから、これを一月に三日の割合で休業していたものとすると原告八百井について一日当りの所得は金二四六円、原告脇についての同様所得は金七四〇円となる。

而して前認定の如き原告等店舗における各月々の売上の減少の割合と各原告が昭和二八年一月一〇日以降同年一二月九日迄の損害賠償を求めている点並びに乙第七号証により認められる昭和二八年九月一四日当時においては被告の無許可歩道占用が生じていない事実を綜合すれば、結局、昭和二八年一月一〇日から同年九月三〇日迄は毎月右月割所得額の三分の一の、同年一〇月一日から一二月九日迄は毎月右月割所得額の七割の各得べかりし純益の損害を生じたものと認定するのが相当であり、これによつて損害額を算定すると、その損害は原告八百井については少くとも金三万一二六円、原告脇については少くとも金九万四一〇円である事実を認めることができる(一月分については前記日額に営業日数二〇日を乗じ、一二月分については同様日額に営業日数八日を乗じた。尚、右原告両名は、売上額が原告八百井においては平均一日工事前の八分の三に、原告脇においては平均一日二分の一に減少し、従つて純益も同じ割合で減少した旨主張するのであるがこれらは全期間を平均した趣旨における主張であるから、右の如く損害額を認定することは原告の主張と何等齟齬しないのみならず、そもそも、原告は損害額算定の根拠として平均一日当りの純益、工事期間中の一日当りの純益減少の割合及び工事期間中の営業日数をあげるけれども、本件では工事の開始から終了迄の全体の期間について一個の継続的不法行為が成立し、これによつて生じた営業収益減少による損害も全工事期間を通算したものが一個の損害となるのであつて-従つて本訴は工事期間中の全損害のうち、昭和二八年一月一〇日から同年一二月九日迄の分の一部請求と解せられる-、その損害額算定方法は損害額認定の為の間接事実にしか過ぎないから、原告の主張する根拠によらずに損害額を認定することは何等差支えないものというべく、又純益の損失額の合計が各原告の主張額を超えない限り各原告の申立を超えて損害を認めたことにはならないものと解せられる。)

成立に争いない甲第六号証によれば、訴外利光の昭和二七年度分の市民税額は一七四四円であることを認め得るけれども反面では昭和二八年度分の市民税額が均等割額である七〇〇円のみであつたことも知られるので、右利光について原告八百井、同脇と同様な方法で得べかりし純益の損失額を認定することを得ず、証人利光喜美子、同神代三郎の各証言は専ら記憶に基き損害の概略を供述するにすぎず正確であることを期待し難いから、これら証言のみをもつてしては訴外利光喜良、及び原告有限会社春花堂に生じた損害を認めるに足りず、他に右両名の具体的な損害額を認めるに足りる証拠はない。また原告八百井、同脇の両名につき、右認定額以上の損害を生じた旨供述する証人脇菅子及び原告八百井照雄本人尋問の結果はいずれもたやすく措信し難く、右認定額以上の損害を認めるに足る証拠は他に存しない。

八、してみれば、原告八百井照雄については金三万一二六円及び右金員につき本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二九年四月二九日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の、原告脇純一郎については金九万四一〇円及び右金員につき本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二九年四月二九日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める部分はいずれも正当として認容すべきであるが右原告両名の請求中その余の部分及びその余の各原告の請求はいずれも失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 安芸保寿 稲守孝夫)

別紙図面〈省略〉

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